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FEB 05, 2025
WORDS BY TSUJI, RYO MURAMATSU
PHOTOGRAPHS BY SHINJI SERIZAWA
――山形の庄内空港からクルマで約20分の距離にある「スパイバー」の本社。その周りにはのどかな田園風景が広がり、野鳥が気持ちよさそうに広い空を飛ぶ姿を見ることができます。この土地で構造タンパク質「ブリュード・プロテイン™︎」素材は生まれました。
――アパレル繊維として広く使われる素材、例えばナイロンやポリエステルは石油を主原料にするためマイクロプラスチックを排出します。またウールやカシミヤは温室効果ガスの排出、土地や水の大量の使用で地球環境に負担をかける一方、「ブリュード・プロテイン™ファイバー」は植物由来の糖を原料に微生物による発酵プロセスによって効率的につくられるため、環境負荷の低減を見込めるところが魅力。人工的でありながら、土壌中や海洋中での分解性能も高い素材だといいます。さらに汎用性も高いため、アパレル用の繊維に限らず、自動車の分野や人工肉などにも応用できるのだとか。
――とはいえ、その開発に至るプロセスが多難だったのは想像に難しくありません。「スパイバー」の関山和秀代表は高校時代にルワンダ紛争のドキュメンタリーを見て、それを対岸の火事としてではなく自分ごととして捉え、資源の枯渇が戦争や紛争を起こす一端と考えたそう。そうした状況を少しでも改善することは、人類にとって普遍的な価値があり、取り組むべきことであると思い至ったと言います。そして、「慶應義塾大学」へ進学後、バイオテクノロジーの研究をはじめたのです。
――彼が着目したのはクモの糸。地球上には5万種ほどのクモが存在するといわれ、「スパイバー」は大学や研究機関と連携し、その中の1,000種を捕獲し、それぞれの遺伝子をはじめ、糸の構造や物性を解析したといいます。
――クモは多いもので7種類の糸を使い分けます。それぞれの糸がどのクモの、どの糸が、どんな遺伝子でできているのか。そのタンパク質や材料がどういった構造でできていて、どうしてナイロンを上回る伸縮性や鋼鉄をも凌ぐ強度を持つようなクモの糸が存在するのか。そうした情報を地道に解析していきながらデータベースを構築しました。
――研究をスタートした2004年から15年の歳月を経た2019年に、人工合成タンパク質繊維を採用した世界初のアパレル製品がリリースされました。現在もその安定化や多様化に向けて研究が続けられています。
デーヴィッド: 微生物の発酵プロセスによって、こうした繊維が生まれるというのがおもしろい。そして、なによりも不思議だから興味が湧きますよね。
――そう語るのは、W・デーヴィッド・マークスさん。日本の服飾文化をユニークな視点で捉えた自身の著書『AMETORA(アメトラ) 日本がアメリカンスタイルを救った物語』では、アメリカで生まれた普遍的な服がいかに日本で受け入れられ、ファッションとして独自の進化を遂げたのかを綴っています。
――デーヴィッドさんが袖を通すのは「ブリュード・プロテイン™ファイバー」を用いた〈ウールリッチ アウトドアレーベル〉のジャケットとコート。子供の頃、なにも意識せずに着ていたブランドが、日本ではアメトラとして浸透していました。それを知ったときに、はじめて「いい服を着ていたんだと認識した」とデーヴィッドさんは話します。
デーヴィッド: 〈ウールリッチ〉もそうしたブランドのひとつですね。おもしろいのは、ファッションなんだけど、ファッションではないところ。目線はファッションなんだけど、あくまで道具としてつくられているところにみんな着目していますよね。日本人がそうした解釈で服をデザインして、それが海外で評価されているという循環もユニークです。
デーヴィッド: 〈ウールリッチ アウトドアレーベル〉は昔ながらの伝統的な服をサンプリングしながら、現代のテクノロジーを駆使してつくっていますよね。今回の『スパイバー』とのコラボでは、生地に人工的な要素を感じないところが魅力的だと思いました。『ブリュード・プロテイン™ファイバー』は人工的につくられたものなんだけど、ウールやコットンみたいな見え方をしている。それがいまのファッショントレンドとも合っているように思うんです。
デーヴィッド: 先ほど、展示されているTシャツを触ったんですが、『ブリュード・プロテイン™ファイバー』が混ざっているなんてまったく分からなかった。それほど違和感なく馴染んでいたんです。この素材の魅力ってウールやコットンと見分けがつかないところにあると思います。コットンやウール、それにシルクなどの天然繊維は、昔から使われているものです。人間はそこに美しさを感じて服をつくった。人工的に天然に似た繊維がつくられていることにすごく驚きます。
――そう話すデーヴィッドさんは、「ブリュード・プロテイン™ファイバー」がどのようにつくられているか興味津々の様子。早速、工場内を見て回ります。
1978年アメリカ・オクラホマ生まれ、フロリダ育ち。日本のファッション文化に造詣が深く、雑誌『ポパイ』での連載をはじめ、日本のアメトラ文化について綴った『AMETORA(アメトラ) 日本がアメリカンスタイルを救った物語』を2017年に上梓。また、24年には『STATUS AND CULTURE ――文化をかたちづくる〈ステイタス〉の力学 感性・慣習・流行はいかに生まれるか?』を出版した。