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FEB 05, 2025
WORDS BY TSUJI, RYO MURAMATSU
PHOTOGRAPHS BY SHINJI SERIZAWA
――最初に訪れたのは、研究開発を行うラボラトリー。冒頭でも説明した通り、「ブリュード・プロテイン™ファイバー」は微生物による発酵プロセスで生まれます。サトウキビやトウモロコシなどの糖分を微生物に食べさせることで、お酒やヨーグルトのような発酵プロセスによってタンパク質が生まれるというのが簡単な原理。だけど、それを人工的に行い、産業として発展させるには相当の効率化が必要になります。ここではそれを実現するための研究開発が行われているのです。
――タンパク質はアミノ酸の組み合わせによって、その性質が変わります。アミノ酸は20種類あり、例えばアミノ酸が100個繋がったタンパク質の場合、そのアミノ酸配列のバリエーションは20の100乗の組み合わせがあることになります。宇宙空間にある原子の数は10の80乗といわれる一方で、タンパク質を構成するアミノ酸の配列は長いものでは数千以上になることを考えると、その組み合わせ総数は天文学的な数字であることが分かります。
――そのレシピづくりの参考になったのがクモの糸をはじめ、ウールやカシミアといった天然に存在するタンパク質素材というわけです。目的に合わせた材料をつくるため、そうした素材の特徴を解析し得られたデータを元に、微生物にタンパク質をつくってもらうための技術を確立。幾多の挑戦や試行錯誤を経て「ブリュード・プロテイン™」素材は誕生したのです。
――ラボの中には微生物を培養する装置がずらりと並びます。ここでは溶液の中に入れる物質の種類や割合、あとはどんな温度条件で、どのように栄養素を与えるかという複雑なことをコントロールしています。さまざまなパラメーターをオートメーションで試しながら、微生物に対して生産性の高い培養条件を探っているのです。微生物も我々と同じ生きもの。だからこそ単一的に作業をすればいいというわけでもないのです。
デーヴィッド: おもしろいですね。遺伝子の改変を行いながら、目的に合わせて最適な条件を探り当てて、つくりたいものに近づけていくっていうのが本当にすごいです。
――続いて訪れたのは、パイロットスケールの発酵培養施設。ラボで得たデータをもとに、微生物の大規模培養と「ブリュード・プロテイン™ポリマー」の精製がここで行われています。
デーヴィッド: 先ほどのラボとは違い、特徴的な香りが漂っていますね。これが微生物の匂いなんですね。
――それもそのはず。ラボにあった小さなボトルではなく、ここでは数千リットルのタンクでその作業を行っているという。この施設の中にはタンク以外にもさまざまな設備があります。培養液がパイプを通ってそれらの設備を経由し、最終的に純粋なタンパク質のみが精製されるのだそう。
デーヴィッド: すごい設備ですね。話を聞いたところ、一般的な機械をカスタムしてつくっているそうです。特殊なことをやっているからこそ、設備も用途に合わせて自分たちの手を加えるしかないということですよね。こちらの施設は広いにも関わらず、少数のスタッフしかいないところにも驚きました。しっかりとオートメーション化が進んでいるということですね。
――そして、こちらが精製された「ブリュード・プロテイン™ポリマー」。ひとつのタンクあたりの生産効率もどんどん進化し、ラボでの研究の成果がこうして形になることを証明しています。
――顆粒状になった「ブリュード・プロテイン™ポリマー」は「スパイバー」社内にある溶解設備で溶液にします。この溶解の工程に関しても、生産メンバーがしっかりと品質をコントロールする必要があるのだとか。タンパク質を投入する速度やかき混ぜるスピード、時間によって繊維にしたときの品質が変わるそう。
デーヴィッド: ナイロンやポリエステルの紡糸技術も工程的にはきっと似ているだろうけど、こちらの方がさらに繊細な管理が求められるということですね。
――適正な条件のもとで液化した「ブリュード・プロテイン™」は、無数の穴が開いたシャワーヘッド状のノズルから束状になって繊維化されます。ノズルに開いた穴の数に比例して生産性も高まるため、こちらもさまざまな研究開発の結果、生産可能な繊維量も飛躍的に向上しているとのこと。
――「スパイバー」は現在タイにもタンパク質ポリマーを大量生産する工場を設け、量産化が進んでいます。さらに量産体制が整えば生産コストも下がり、未来に向けた新素材が普及していきます。そして、より多くのひとの手に届けば、地球環境に対して大きなインパクトを与えることができるわけです。
――工場内を一通り見たデーヴィッドさん。改めて、感じたことを聞いてみると、こんな言葉が返ってきました。
デーヴィッド: すごく勉強になりました。今回は繊維にフォーカスしましたが、タンパク質はいろんなものに応用できるというのが興味深かったですね。
デーヴィッド: 人工肉もそうだし、レザーのような素材や、フィルム状のもの、あとは樹脂状になっているものまで見ることができた。すごく未来を感じましたね。
――ブリュード・プロテイン™ファイバー」がアパレルの分野以外にも浸透することによって、そのインパクトはより一層大きなものになります。そのための研究も「スパイバー」では行われているとのこと。果たして未来はどうなるのでしょうか?
デーヴィッド: いまの世界って予測不可能なことが多い。世界のどこかで何かが起こって、コットンやウールの供給ができなくなってしまうことも考えられます。だから準備することってすごく大事だと思うんです。そうした意味でも『ブリュード・プロテイン™ファイバー』が果たす役割は大きい。工場を見学させてもらって、未来への不安が少し取り除かれました。明るい未来を感じましたね。
――ナイロンやポリエステルを使用することの多いファッションブランドにとってもそれは同じ。新たな選択肢として「ブリュード・プロテイン™」がさらに普及するようになれば、また違った未来が見えてきます。
――〈ウールリッチ アウトドアレーベル〉も、こうした技術との邂逅によって生まれてくるアイデアがきっとあるはずです。
デーヴィッド: いまはいろんな技術が生まれていますが、人間がそれを上手に使いこなせていません。例えば、メールやチャットが当たり前になって、連絡手段が効率化されているけど、本当に伝えたいことや、会話の温度は伝わらないですよね。だから最先端の技術に頼りすぎず、一歩引いたところからそれを使うことが求められます。そういう意味で〈ウールリッチ アウトドアレーベル〉と『ブリュード・プロテイン™ファイバー』の相性はすごくいいと思う。最新の技術でトラッドなものをつくるのがおもしろい。自然環境にもいいし、すごくユニークな取り組みだと思います。
1978年アメリカ・オクラホマ生まれ、フロリダ育ち。日本のファッション文化に造詣が深く、雑誌『ポパイ』での連載をはじめ、日本のアメトラ文化について綴った『AMETORA(アメトラ) 日本がアメリカンスタイルを救った物語』を2017年に上梓。また、24年には『STATUS AND CULTURE ――文化をかたちづくる〈ステイタス〉の力学 感性・慣習・流行はいかに生まれるか?』を出版した。